放牧中

もはや見えぬ光よ かつて私の物だった光よ もう一度私を照らしてくれ

『ゆるキャン△』の神話構造

ギリシャ神話にて、プロメテウスは人類に火を与えた。
本作『ゆるキャン△』は、リンやなでしこら5人が火を囲んでいるところから物語が始まる。
そう、『ゆるキャン△』は神話なのだ。

神話学者のジョーゼフ・キャンベルによれば、古今東西の神話には共通の構造がある、という。
それを単純化すると、次のような三幕になる。
(1)主人公は別の非日常世界への旅に出る
(2)イニシエーションを体験する
(3)元の世界に帰還する

桃太郎を例にすると、
(1)鬼退治に向かう
(2)猿犬雉を従えて鬼ヶ島で鬼退治
(3)故郷に帰る
となる。神話やおとぎ話に限らず、物語はこのような「行って帰ってくる」円環構造を成している。

ゆるキャン△』の構造は、桃太郎に比べるとやや複雑だ。
彼女たちにとっての日常世界は、言うまでもなく、がっこうぐらし!……いや、学校生活である。
ならば、非日常世界とはなにか。
答えは簡単、キャンプだ。
「キャンプに行く→帰る」といういくつもの円環が、『ゆるキャン△』という大きな物語を形成している。
今回は、『ゆるキャン△』全12話の中でも、9話「なでしこナビと湯けむりの夜」と10話「旅下手さんとキャンプ会議」で描かれたリンの長野キャンプについて注目したい。

 

リンはなでしこと共に近場へキャンプする予定だったが、なでしこが風邪を引いたことにより計画は頓挫。
しかし、なでしこの「私の屍を乗り越えて」という召命により、リンはひとりキャンプに向かう。
選んだ地は長野。南アルプスを越えて諏訪湖に向かおうとしていたが、残念ながら通行止め。
南アルプスの登山口で出会った女性からプレゼントされたのはほうじ茶。ミノタウロスの住まう迷宮でアリアドネが英雄テセウスに授けた糸と同一視できる。
このように、英雄たちは援助を受け冒険に挑む。『神曲』にてダンテがベアトリーチェウェルギリウスの案内を受けたように、なでしことアキによるナビゲートでリンは諏訪湖に向かう。
道中の早太郎温泉に立ち寄ったリン。湯船に浸かり、食事を堪能する。
英雄たちが旅の途中で誘惑を受けるように、リンも食後にぐっすりと眠ってしまう。
夢のなかで、彼女を目覚めさせたのは、旅の導き手であるなでしこであった。
リンは急いでキャンプ場に向かう。ギリシャ神話にてアルゴー船の進路を阻んだ岩のように、通行止めの標識が立ちふさがった。
苦手意識を持っているアキからのアドバイスを受け、リンは標識を気にせず進み、いよいよキャンプ場に到着する。
試練を乗り越えた英雄は見返りを受ける。
『浦島太郎』では玉手箱、『一寸法師』や『桃太郎』では金銀財宝。リンは肉まんとほうじ茶。
アキからクリスマスキャンプへの誘いを受けるも、リンはそれを断る。岩戸に籠もるアマテラスのようである。
彼女をクリキャンという次の冒険に誘ったのは、斉藤さんこと恵那。彼女とのやり取りを経て、リンはクリキャンへの参加を決意する。

 

ここまで、リンの諏訪湖キャンプに注目してきた。この小さな円環は、『ゆるキャン△』という大きな物語における「冒険への召命」の一面も備えていた。
そして、『ゆるキャン△』という物語で成長するのはリンだけではない。
なでしこや恵那、アキやイヌ子。『ゆるキャン△』は、様々な登場人物の成長譚である。
オデュッセイア』や『ラーマーヤナ』のような神話が現実離れしてしまった――正確に言えば、現実が神話離れしてしまった――今、『ゆるキャン△』はかつての神話のように、我々の征く道を照してくれるのだ。