放牧中

もはや見えぬ光よ かつて私の物だった光よ もう一度私を照らしてくれ

『リズと青い鳥』を観よう

 Def.
二つの整数a,bが互いに素であるとは,a,bを共に割り切る正の整数が1のみであることをいう.

4月21日に、『響け! ユーフォニアム』シリーズのスピンオフ映画『リズと青い鳥』が公開された。

■あらすじ

鎧塚みぞれ 高校3年生 オーボエ担当。

傘木希美 高校3年生 フルート担当。

希美と過ごす毎日が幸せなみぞれと、一度退部をしたが再び戻ってきた希美。

中学時代、ひとりぼっちだったみぞれに希美が声を掛けたときから、みぞれにとって希美は世界そのものだった。

みぞれは、いつかまた希美が自分の前から消えてしまうのではないか、という不安を拭えずにいた。

 

そして、二人で出る最後のコンクール。

自由曲は「リズと青い鳥」。

童話をもとに作られたこの曲にはオーボエとフルートが掛け合うソロがあった。

 

「物語はハッピーエンドがいいよ」

屈託なくそう話す希美と、いつか別れがくることを恐れ続けるみぞれ。

 

――ずっとずっと、そばにいて――

 

童話の物語に自分たちを重ねながら、日々を過ごしていく二人。

みぞれがリズで、希美が青い鳥。

でも……。

どこか噛み合わない歯車は、噛み合う一瞬を求め、まわり続ける。

*1

 『響け』シリーズを観ていない友人を誘う暴挙に出たが、それでも満足していたので、シリーズに触れたことのない方も、観ていただきたい。

以下では、作品の内容に触れる。

山田監督は過去の作品でも「変わってしまうこととどう向き合うか」を描いてきた。

一緒の大学に進んでいったり、幼馴染からの告白を受け入れたり、「変わってしまうとしても未来へ進む」という肯定的な答えにたどり着いたのが『映画「けいおん!」』と『たまこラブストーリー』の2作品。耳を塞ぐのをやめて「変わってしまおうとも受け入れて生きる」とややビターなのが『聲の形』である。

そして、本作は後者寄りの作品だ。

「 disjoint」。

直訳すれば「互いに素」。Aパート前に表示されるこの英単語に表されている希美とみぞれの関係に変化がもたらされる。

彼女たちは中学からずっと一緒だった。一緒なのに(あるいは、一緒だからこそ)、互いに素だった。

 

これは、先日の記事で少し触れた「幼馴染ヒロイン敗北メソッド」に通じるものがある。

記事では

「ずっと一緒にいたからといって、恋愛対象として好きになるとは限らない」という簡単なことを、彼女たち自身の経験からだけでは得られないために。 

 と記したが、これは恋愛に限らず、家族や友達、様々な人間関係に拡張しても言えること。「ずっと一緒にいたからといって、互いのことを理解できているとは限らない」のだ。

 

希美とみぞれは、互いを理解せずとも、一緒にいることはできた。

しかし、彼女たちは変わることを余儀なくされる。講師の新山聡美(専門はフルート)と一年生の剣崎梨々花が、二人の関係を変えていく。

新山先生に音大受験を勧められるみぞれ。彼女が受け取ったパンフレットを見て音大受験しようかなと呟く希美。

仲良くなった梨々花をプールに呼んでもいいかと聞くみぞれ。それを複雑な思いで承諾する希美。

みぞれと梨々花のオーボエの演奏にも、希美は耳を傾けない。突きつけられる変化を受け入れない。

 

いつもの仲間 いつもの場所で

笑いながら過ごす季節が

このままずっと続くはずだって

変わりゆくこと知らずに

(『たまこラブストーリー』主題歌「プリンシプル」より)

 

そして第三楽章「愛ゆえの決断」の合奏が始まる。

圧倒的なみぞれの演奏。動揺が他の部員たちに広がる。希美の受けた動揺は、カメラを通して観客にも伝わってくる。みぞれ以外の誰もが、自分の演奏をできないまま、合奏が終わる。

これは罰だ。変わらないことを望んだ、停滞することを願った、希美への罰。

しかし。

自分は新山先生に声をかけてもらえなかった、自分以外と仲良くするな。そんなことを思っても思わないフリをしている傘木希美という、醜くて、軽蔑されるべきで、愚かな少女をどうして嫌いになれるだろうか?

Thm.
連続する二つの整数は互いに素である.

ずっと一緒だった希美とみぞれは、互いに素だった。

彼女たちは変わり、「本番を頑張る」という共通の素因数を得て、「disjoint」は「disjoint」になった。

そして、彼女たちは学校という鳥カゴから抜け出した*2

風がふきぬけたら 未来まで

駆け出す私をそう 誇れるように

*1:『リズと青い鳥』公式サイト

*2:学校自体も彼女たちにとっての「鳥カゴ」だと考えました。学校は一つの容器。だから映画の最中はずっと学校のシーンだけなんです。最後に、そのカゴから出ていく。そこで初めて外に出るんです。「リズと青い鳥」山田尚子監督「彼女たちの言葉だけが正解だと思われたくなかった」|Zing!